ワンダフルワールドエンド見てきた
大雑把に言っちゃうと思春期少女の自己承認欲求の映画なんだけど
橋本愛演じる詩織のキャラが現代の女性の(一部の人)の立ち位置を現してるなあと思った
詩織は自分に自信が無くてだけど誰かに認められたくてモデルやってる
でもはっきりとモデルやりたい訳でもなくて自分がなりたいものがよくわかってない
だから女優になりたいって言ってみたりもするしエロっぽい仕事とかも(映像には無いけど)やったりもする
でもそれで他人に認められるのは自分の裸だったりだけなわけでそういう事って認められるとしてもそれは自分が認められたい自分じゃないってわけ
それは同棲相手の人にも言えるわけなんだけど自分が求められてるのって違うんじゃ無いかなと感じている
これははっきりと表現されたわけでは無いけど体だけ求められてるのかなって感じているのかもしれない
で、承認相手をニコ生みたいなライブ配信に求めるわけよ この辺がたぶんリアルタイムで見ないと変わっちゃう部分なわけで将来陳腐化しちゃう部分ね
これが30年前だったら雑誌の文通欄だったり20年前ならポケベルだったり15年くらい前だったらケータイだったわけよ
なにか物足りなくてライブ配信してるんだけど具体的になにを配信したいわけでも無くて自分が満足する言葉が欲しいみたい
具体的にはただ「かわいい」って褒めあえる相手が欲しい訳ね それで蒼波純演じる亜弓と出会うんだけど
というか詩織には同性の友人が誰もいないみたいだから余計に惹かれ合うみたい これは最初にも書いたけど自分に自信が無いから対等のつきあいが出来ないのね でもアイドルとしての仮面を被ってなら友だちづきあいが出来るのよ
このあたりが映画としての構造としておもしろい事になってて亜弓は詩織にあこがれてるというか同一化したいと思ってるのね
詩織の欲しいものはあいまいだけど亜弓が欲しいものは詩織の立ち位置なんだけど詩織自身が満足していない立ち位置で亜弓は満足なの?違うでしょっていう
そこに詩織がアイドルでいる自分と日常生活の自分は違うってのもぶっこんできてここでも自分と認められたい自分が違うって事を強引に認識させられてしまう
それで同棲相手の部屋から逃げ出した後釜に亜弓が入ってしまうので話はますますこじれてくる
詩織は居場所を失うし亜弓はそこそこ満足してたみたいだけどやっぱり物足りないみたいね
それに詩織も亜弓も実際には他人と対等に喋る事が出来なくてアイドルの仮面を被った自分としての会話とブログとかライブ配信でしか会話出来ないの
ネット上では饒舌だけど実際に会ってみたら物静かだったって人いるでしょ?ああいう感触を映画に取り入れてるの こういうの今しか理解出来ないかもしれないよ
一時的には詩織と亜弓の蜜月はあるけどそれも家出してた亜弓の母が連れ戻される事でリセットされてしまう
亜弓は承認欲求というかまだそこまではっきりとはわかってないみたいね
でも母の強引なコミュニケーションに愛されてるって実感を持ったのかな それなりに満足してたのかな
そしてここでも映画の構造としての仮面が現れるのが今書いた母のコミュニケーションね
何が原因かわからないけど自分の子供と意思疎通出来ないのに悩んでる
でも自分には良き母でいるしか無いからと そしてケータイと取り上げて自分と向き合わせようとするのね
以前の事はわからないけど良き母の仮面を被るしかなかったのかなと思う
母の一瞬の奇行も娘に認められない自分が嫌になっているんだよね
それともう一つ同棲相手も一応演劇やってるみたいでこれはあんまり描かれてないけど舞台の上の自分を維持するために呼び込みみたいな泥臭い事はやらないっていうのもあるわね
一応この4つのストーリーラインがあるけど基本的には詩織の物語ってことでまとまってるんじゃ無いかな
それで転結の部分では亜弓との日常レベルでの蜜月部分とそれの破綻ね
それとすれ違いがある もしかすると詩織と亜弓のアイドルユニットが出来ていたらって話にもなるんだけどそれが完成してしまうと現実世界に居場所が確立されてしまうっていう現実的な問題にリアルに結論を出してしまう事になっちゃうのよ
それは一つの方向としてはありなんだけど詩織と亜弓の話でもあるんんだけどこの話は視聴者である少女たちの問題でもあるのよ
だから安易にアイドルになれば解決ってことにしちゃいけないの
現実にはそういうもやもやをズバリ切ってしまえる解決方法なんて無いんだから結論出しちゃいけないし本当は結論なんてないのよ
最後は理想の自分と現実の自分の隔離に嫌気がさして田舎に帰ろうとするんだけど ここからファンタジー
帰ろうとしていた詩織を亜弓が迎えに来てまだ誰も知らない理想の世界へ二人でいこうよって終わってる
昔だったら少女革命ウテナ的な終わり方かしら
15年前だったらラブ&ポップみたいになにか特別なものを欲しがったのかもしれないけどね
今では物欲も無くは無いだろうけどそれを精神的に満たされていないんだもっと欲しいんだそしてそういう人たち価値観を同じくする人たち(ゴスロリとか)と一緒にいたいんだっていう今のサブカル的なイメージを拾い集めてまとめ上げてきちんと映画として見られる形にしてるね
最後はファンタジーだけどもやもやしたものを言葉で結論出すんじゃなくて映像で表現した松井監督に敬意を表したい
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